第一章 生活篇 ● 5. これから結婚される方のために
■質問
 最近、私の周囲に結婚される同僚が何組かあり、そのおめでたい式に招かれました。晴れやかな新婚カップルの姿を眺めていると、心から「いつまでもお幸せに」と願わずにおられません。結婚式というと、最近では教会を連想する程、キリスト教会で新しい人生のスタートを切られる方が多くなっていると思います。ところで、これから結婚し、新しい家庭を築かれようとする方々に、クリスチャン信仰の立場から何か具体的なご助言はないものでしょうか。
■答え
 はい、私は牧師として、既に大勢の方々の結婚式の司会をさせていただきました。わたしの知る限りでその殆どの方が信仰的にも恵まれた結婚生活を続けておいでになります。その中のある若いカップルの場合は、自発的に挙式の一週間前に二人揃って教会員となられ、それ以来ずっと神と人に喜ばれるすばらしい家庭生活を営んでおられます。これは本当に嬉しいことです。しかし結婚はこのうえない祝福への門出であると同時にそれとは反対の場合もあることを知らなければなりません。アメリカのある結婚式のサービス業者が従業員に注意したという言葉がふるっています。彼はこう言いました。「諸君、結婚式の時は特別によく注意しなければならない。統計によれば、今日結婚式をあげた新郎新婦のうち、少なくとも六割はもう一度結婚式をあげるということ、すなわち、もう一度、わが社のお客になる可能性があるのだということを諸君はいつでも念頭においてサービスすべきである。」

 わたしたちはこれを海の向こうの事として笑う事は出来ないのではないでしょうか。それ程でないにしても、私たちの社会の中に、同様の悲劇が耐えず繰返されていることは事実です。それは何故か。言うまでもありません。正しい意味での結婚観が失われているからです。私たち夫婦が結婚して早や四十年の歳月が流れました。不完全きわまりない私たちが今日あるを得ているのは、全く神の恵みであり、背後にあって祈りつづけてくださった多くの友や先輩があったからにほかなりません。ところで私たちが結婚した当時、神学校の恩師、G・ヘイズ氏が贈って下さったお言葉が、折にふれて私たちの心の支えとなり、また、ある時には警鐘とすらなりました。この実際的な教訓を、わたしもまたこれから結婚しようとする御銘々に贈りたいと思います。

1.共に祈る家族は共に留まる。
 これは私たち夫婦の経験から文字通り、真理です。家庭での礼拝を欠かす事の無い家庭に、神よりの祝福が欠ける事はありません。

2.幸福な家庭は偶然に生まれるものではない。それは、忍耐強い努力と、絶えざる祈りの結果である
 多くの家庭の破局はこの事実を無視し、あまりにも盲目的な愛情にのみ頼り過ぎた結果です。

3.憤ったままで日が暮れるようであってはならない。
 ここには新約聖書エペソ人への手紙4:27の聖句がそのまま引用されています。けんかし二日も三日も互いに口をきかない夫婦はないでしょうか。それはお互いにとって、また家族みんなにとってこの上ない損失です。

4.子供が一緒に遊んで欲しいと言った時、共に遊び、一緒に楽しむことを学ぶこと。

5.自分の家族と共に過ごす時間を持ち合わさない程多忙な人は、実際、忙し過ぎる人である。

 いかがでしょうか。実に単純な教訓ですが、これをいつも心に留められるならばきっと祝福にみちたご家庭を築きあげることが出来ます。しばらく前、私は稀に見るようなすばらしいクリスチャンの老夫妻から一冊の本を贈られました。それは一種の自叙伝で、伝道者としてのお二人の生涯が克明に美しく描かれています。そのご自分の著書に夫人は、ご主人の優しいまなざしを受けながらこう記してくださいました。「最も大いなるものは愛である」と。